ディド
Dido

カルタゴの建設者。

ティルスの王にはエリッサ Elissa という名の娘がいた。ある日、彼女の夫シカエウス Sychaeus は王位を狙う兄ピグマリオン Pygmalion に暗殺され、ディド自身も命を狙われる身となった。エリッサは財宝を船に積み、従者とともに海に逃れた。
船は西へと後悔を続けた。キプロスに寄航した折、アシュタルテ Ashtarte に仕える高位の神官を一行に迎え入れ、また、いずれどこかの土地に落ち着いて子孫を増やそうとの考えから、沿岸の若い娘80人を攫ってきた。
船はその後西へ東へと放浪を続け、このことからリビア人たちはエリッサを「ディド(迷える人)」と呼んだ。遍歴を重ねた船は、結局地中海の中ほど、リビア海岸の沖合いに引き返し、やがてチュニス湾の中に入る。そのとき一行の目の前に、海上に向かって放たれた矢のような形の岬が現れた。その岬は、周囲をほぼぐるりと海と湖に囲まれ、大陸とつながる地峡には、容易に越えることのできない峠が連なっていた。この風景が大いに気に入ったエリッサと随伴者たちは、適当な砂浜を選んで上陸した。
エリッサは、土地の住民と友好関係を結ぶことを願い出た。住民の方は、この外国人たちの到来によって、闇取引や物々交換の機会が得られることを喜んだ。そこでエリッサは、出発までの間、長い航海に疲れた随行者たちに休養を取らせるために、一枚の牛皮で覆えるだけの土地の提供を受けたいと申し出た。それから彼女は、その牛皮を細長い紐に切り裂き、はじめに要求したよりも広い土地を獲得したのである。後に城塞となるこの土地が「ビュルサ(牛)」と呼ばれるようになったのは、この出来事に由来している。
近隣の都市からは、一儲けをたくらむ人々が大挙して、この外国人たちのもとに押しかけた。彼らはたくさんの商品を持ち込み、そのままそこに定住して商売を始めた。リビア人たちもまた、外国人との共存を望んだ。土地の借用料としての年貢を支払うことを条件に、満場一致で都市の建設が決まったのである。しかし基礎工事を始めると間もなく、土の中から牛の頭が発見された。これは、肥沃でありながら耕作が困難で、永遠の隷属状態に置かれることの前兆とされていた。そこで彼らは、都市の建設用地を別の土地に移した。すると今度はそこで、馬の頭が発見された。これは、そこに住む人々が逞しく、好戦的になることを意味していた。そこで彼らは、この縁起のいい土地に街の位置を定めたのである。建設された都市は、「カルト・ハダシュト(新しい都市)」、すなわちカルタゴと呼ばれた。
それからエリッサは、新しい都市の基本法を制定した。この新しい都市が採用した政体の法律では、権力は二名の最高官に巧みに配分され、貴族と一般市民は個人として一定の権力が与えられていた。ずっと後のこと、アリストテレスは、この政体ゆえにカルタゴは民衆暴動にも大国の陰謀にもほとんど動じることがなかったのだ、と絶賛した。

トロイアでヘクトル Hector に次ぐ勇将と謳われたアイネアス Aeneas は、トロイアが陥落した後、家族と従者と伴なって、なんとか燃え上がる街から逃れた。そして、アフロディテの助けで船で長い旅に出ることになる。だが女神ユノー Juno と東風の神イオロス Aeolus は嵐を起こして彼の艦隊を遭難させてしまった。漂う彼のために海神ネプチューン Neptune は嵐を鎮めた。アイネアスは一人、艦隊から離れた土地に流され、そこで彼は狩人の姿の母、愛の女神ヴィーナス Venus に出会った。彼女は彼に、ティルスから来たってカルタゴを建設したディドの話をした。
そしてアイネアスと彼の戦友アカテス Achates はカルタゴに上陸した。彼はその一群の建物に目を見張った。かつてそこは、単なるテント集落に過ぎなかったことを知っていたからだ。彼は、門や活気に満ちた往来や道路の舗石に見とれる。ティルスの人々は一心に働いている。城壁を延ばす者、城塞を造る者、両腕で石を転がして坂の上まで押し上げる者。土地を見繕って家を建て、まわりに溝を掘っている者もいる。彼らは法律を制定し、執務官を選び、元老院を作る。「おお、幸せな者たちよ、すでにお前たちの街は打建てられた!」、こう言いながらアイネアスは目を上げて、町を取り巻く屋根を眺め、それから前方に進み出て群衆の中に紛れ込んだ。ヴィーナスはアイネアスとアカテスを見えないようにし、誰も彼らに気づかないようにした。
街の中央には森があって、あたりに深い影を落としていた。ここはそもそも、波と嵐に打ちのめされたティルスの人々が、女神ユノー(アシュタルテか?)のお告げで知らされた街の象徴、まばゆく光る馬の頭を土の中から取り出した場所だった。彼らの国は、その後数世紀にもわたって、戦いには強く、生活の糧に困ることはないはずであった。ティルスの人ディドは、そこにユノーを祭る巨大な神殿を建てた。アイネアスはその神殿に装飾として描かれた自らの過去を見た。
そのとき、輝くばかりに美しい女王、ディドが夥しい兵士の一団に護衛されて神殿に向かって進んできた。それはさながらユーロトス川の岸辺、あるいはシント山の頂上でディアナ神が、付き従う一千の山の精の一団を率いるようだった。ディアナ神は矢筒を肩にかけ、あらゆる女神を圧して歩む。その姿を見るラトナの胸は、歓びで満たされる。ディドはこんな風に、晴れ晴れとして群衆の間を抜け、その王国の建設のための仕事へと赴いた。
ディドが近づくと、アイネアスは突然見えるようになり、彼女の前に姿を現すこととなった。アイネアスとはぐれていた彼の艦隊の一行はディドに保護されていて彼と再会し、ディドは彼らトロイア人を歓迎して宴をもうけた。
女神ユノーとヴィーナスは一計を案じて、愛の神クピド Cupid をアイネアスの息子アスカニウス Ascanius (ユルス Iulus とも)に化けさせてアイネアスの元に送った。アイネアスはその「息子」をディドに目通りさせるが、二人とも女神たちの企みに気づくことなく、ディドはクピドのため必然的にアイネアスへの恋に落ちた。宴の後、アイネアスはディドにトロイアの町の悲劇と自らの旅を語って聞かせた。
ディドは次第にアイネアスへの慕情を深めていくが、死んだ夫シカエウスの思い出もいまだ消えてはいず、彼女は決心しかねていた。そこで彼女は、姉妹のアンナ Anna に相談する一方、自分の愛を神々が祝してくださるよう神々へ犠牲を奉げるのであった。
ディドはアイネアスにカルタゴの街を見せた。街の建設は募るばかりのアイネアスへの想いによって遅れていた。そして彼女は彼を伴って狩りに出かけた。これを知った女神ユノーとヴィーナスは、嵐を起こして二人が一緒に洞穴に難を逃れるように仕向けた。そして二人はそこで愛し合った。ディドは、二人はこうして結ばれたのだと思い込んだ。
ギリシアの主神ジュピター Jupiter はこれを見て運命を危惧し、使者メルクリウスをアイネアスのもとに派遣して彼がローマを打建てる運命にあるのだということを思い起こさせようとした。アイネアスは神意に圧倒され、カルタゴを去る決意をした。彼はディドに、自分に神命が下されたこと、そして自らの意思に反してこの地を去らねばならないことを伝えた。そんな彼にディドは軽蔑の眼差しで受け答えていたが、やがて彼の背信をなじり、呪い、復讐を誓った。だがアイネアスを翻意させることはできなかった。トロイア人たちが去るにときに至って、ディドは最後にもう一度アンナを通じてアイネアスにとどまるよう懇願したが、彼は去っていった。
ディドは悲しみから正気を冒され始めていた。そして自殺を決意し、アンナにはアイネアスの遺品を燃やすからと言って、宮殿に火葬用の積み薪を築いてもらった。その夜、ディドは眠らずに自分に残された取るべき行動を端から考えて、やはり死ぬしかないのだと確認した。夜が明け始めてから彼女は塔に登った。そこからはまさに去りつつあるトロイア人たちの船が見て取れた。ディドはアイネアスとその子孫たちを呪い、復讐を誓い、カルタゴ人がとこしえに彼らの仇敵であれと祈った。
日が昇り、ディドは積み薪の上に登った。そして独白しながら自らの業績を思い起こした後、かつてアイネアスがくれた短剣で自らの胸を刺した。アンナは駆けつけたがすでに時遅かった。街は悲しみで包まれた。ディドの苦しみを見たユノーは、アイリス Iris を送ってディドの髪留めを解き、彼女の魂を解放した。

ディドの、アイネアスとかかわる物語は後代にローマの詩人ヴェルギリウスが現した叙事詩によるものだが、ゲームマスターはこれを史実としてカルタゴ健在当時から広範に知られていたことにしてもよい。実際、紀元前5世紀以降、ギリシアとの交流が盛んになったため、トロイア戦争くらいはカルタゴでも広く知られていただろう。ただ、ポエニ戦争以前にこの故事をポエニ戦争、カルタゴ滅亡と結びつけるカルタゴ人はいなかっただろうが。

ディドは通常、美しく気高い女王として描かれる。


[守護]
都市:カルタゴ
対象:都市建設、愛、敵国調伏

[入信者]
必要条件:発射武器攻撃、修理、聞き耳、追跡
精霊魔術:破裂、早足、減速、加速

[司祭]
一般神性魔術:鹿支配、山羊支配、兎支配、猪支配、羊支配、水鳥支配、聖霊支配、神託、破門、傷の治癒、聖別、霊視、呪文伝授、カトリック式礼拝
特殊神性魔術:引率(c46)、命中

[寺院]
社では《命中》を教えている。
カルタゴ及びその版図にはそこそこの寺院がある。紀元前3世紀にはその規模は拡大したことであろう。